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丘のうえから  

 2008年2月 

「凧揚げ」
 しいのき寮では、利用者の中で、学齢児の方は敷地内の養護学校や地域の学校に通学しています。
暖冬と言われていましたが、2月になった途端に雪が降り、子ども達は「雪や!雪や!」と大喜びで登校して行きました。
 今年のお正月、寮で過ごす子ども達と久し振りに凧揚げを楽しみました。凧を手にしたものの、上手く揚がらずに、悪戦苦闘していた子どもも広場を走り回る内に、凧が大空に高く、舞い揚がり、「やったあ」と歓声が上がります。教えなくても、どうすれば、凧が揚がるのかを遊びを通して、自分で学んで行きます。
一方では、舞い揚がる凧に見向きもせずに、不思議そうに、山羊とにらめっこ?を続けて動物観察に専念する子どももいます。
以前はコロニーでもあちこちで、凧揚げの光景が見られたものですが、時代と共に、子ども達の遊びも様変わりをして、凧揚げに限らず、子ども達が外で遊ぶ光景も少なくなりました。しかし、久し振りの凧揚げを経験して、コロニーの自然は多くのことを子ども達に教えてくれているのだと感じました。 (柊)  



 2007年12月 

「新しい生活へ」
 けやき寮では利用者の地域生活への移行が進み、10月1日にD棟(女性棟)を金剛コロニー開設以来始めて閉鎖しました。それに続きE棟(男性棟)も、入所者24人定員のところ12月1日現在で半数の12人となり、平成19年3月末までにはさらに減る見通しなので、棟閉鎖を予定しています。

 E棟から地域生活を始めた12人は、すべてグループホームへの転出です。中には金剛コロニー開設以来37年のコロニー生活から新たに地域生活を始めた人もいます。退所支援等で訪問すると、誰もがそこでの地域生活を楽しんでいるといった様子が窺えます。「うまく新しい生活になじめるだろうか」と心配しましたが、楽しそうに生活しているところを見ると取り越し苦労だったようです。

 グループホームから会社に通勤する人、作業所に通う人それぞれですが、ほとんどの人がうまく適応し、自分らしく生活しているようです。けやき寮の多くの利用者は地域生活を希望しています。引き続き希望がかなう支援をしていきたいと考えています。 (梔子)



 2007年12月 

「中高年のチャレンジ」
 昭和26年に生まれ昭和47年に21歳で、Aさんはコロニーに入所しました。私がまだ学生生活をしていた頃です。以来34年間施設生活を送っています。
 授産寮で生活や作業の支援を受け、単独で買い物や帰宅をするなど自立した生活が送れるようになりました。施設での生活から地域生活も十分に可能と思われ、昨年から本人と家族にグループホームの生活を勧めてきました。ところが、本人は「僕はここが良いです。」、家族は「長年お世話になっているので、このままに。」と施設での生活を強く希望していました。しかし、最近友達のBさんがグループホームに移り、本人も「自分でご飯を作ったり、洗濯をしなくてもいいのなら、行ってもいいです。」と応じてくれるようになったのです。先日Bさんのグループホームを見学し、とても刺激を受けたようで、就労にも意欲的となりました。家族も同意され、年明けには、いよいよ新しい生活が始まろうとしています。
 同年代の私も、彼の思い切った決断に少々びっくりし、今の自分の生活を守ろうとする姿勢を反省しています。何がきっかけで人生の構図が変わるかわかりません。「頑張れ、中高年!」。  (射干(しゃが))



 2007年11月 

 毎日、日中活動の場所へ歩いて通所しています。すると季節が移っていくことが実感できるのがコロニーの良い所。「暑い〜!」といいながら歩いていたのに、いつの間にかさわやかな季節を迎えています。
 
この頃に歩道を歩いていると、オレンジ色の実が落ちています。踏み潰され、ちょっとくさいこの実、実は銀杏です。「食べたらおいしいのに、くさいなぁ」「食べられるん?」「おいしいで」から始まった銀杏拾い。いっぱい集めて、つぶして、洗って、干して、・・・結構大変。 
 夜のティータイムのお茶うけに、レンジでチン!途中レンジの中からボンッとはねる大きな音に驚きながら「まだかなぁ」。できたてのアツアツ銀杏、支援員が殻をむくと中からヒスイ色のきれいな銀杏が「きれいな色やなぁ」「おいしそう」との感想。
 食べてみて「おいしいな」「また採りに行こう!」と自然の恵みをいただいた秋の夜でした。(松茸)


 2007年9月 

 先日かしのき寮でお楽しみ行事のひとつ、少人数でのグループ旅行に兵庫県赤穂市「赤穂温泉」へ行ってきました。参加者は今年72歳になる棟内最高齢の利用者を含む、ゆったりメンバー6名と、付き添い職員2名の計8名。コロニーからジャンボタクシーを利用して出掛けました。一日目は備前焼窯元見学、若い作家が巧みにろくろを回しながら、見事な作品に仕上げる過程を真剣な眼差しで見つめる利用者の方もいました。
今回のお宿「赤穂温泉」は国立公園の一角に建ち部屋の窓から赤穂岬の海景色を目前にすることができ、はるか向こうには小豆島も見えました。皆さんが楽しみにしていた天然温泉にゆっくり浸かり、宴会では当地のご馳走に舌鼓をうちました。翌朝は食事前にも温泉につかり、お風呂好きのSさんは潮風が吹きぬける絶景の露天風呂で「気持ちええわー」と満面の笑みをうかべたときは「ここまで来て本当に良かった」と心から思えました。二日目、童謡の里龍野市を散策・マスカット狩りなどを楽しみ二日間の旅は無事に幕を閉じました。(秋桜)


 2007年8月 

ブランチホームを利用しているMさんは、爪切りが苦手です。いつも【清水の舞台から飛びおりる】心境で、1日1本ずつ看護師に切ってもらいます。でもある日「ブランチホームの世話人さんが付き添ってくれるなら1日で全部切ってもいいよ」と夢のようなお言葉。世話人さんが見守る中無事に終了しました。こんな暖かい関係が築けていることは支援する私たちの喜びでもあります。※ブランチホームとは地域生活に向けた支援を行う場のことです。(向日葵)



 2007年7月 

桜の花咲く四月から、新緑のまぶしい五月にかけて、しいのき寮に春の嵐が吹き荒れました。卒業生が旅立ちのときを迎え、それぞれが学年を重ねるこの時期、「我こそはナンバーワン」をアピールしあう小さな争いが起こります。

その小さな紛争を経て、勢力図が出来上がり、『今年度の〇棟』の幕開けとなるわけです。
ところが、この春は、そんな紛争が幾重にも絡み合い、なんとも激しい嵐となってしまいました。私たち援助者も、子どもたちが大人になっていく階段を、一緒に上りながら、そのもろさ、危うさに足をとられそうになったり、その勢いに、呑み込まれそうになったりしました。

子どもたちの、「自分探しの旅」にお付き合いするには、こちらも生半可な気持ちでは迎えられません。
あちらこちらに爪あとを残した嵐がなんとかおさまった今、そのかぎ裂きを繕いながら、昨日を思い遣り、ホッと一息ついて、さあ・・・いざ 夏の陣!(姫沙羅)


 2007年6月 

6月。私の所属する棟に、他寮からの入所がありました。
70歳代後半という、コロニーの中でも特に高齢な方です。日常生活全般において介護が必要になったので、前にいた寮での生活が難しくなりました。そこで、私どもの棟に入所となったのです。

 支援員と一緒に下見に来たとき、「帰るー。もう帰るー。」という言葉が目立った方でしたが、いざ入所となった日も、以前の寮の支援員を探し、やはり「もう帰るー。」と大きな声。私が「今日から帰る場所はここになったんですよ。よろしくお願いしますね。」と声をかけると「わかってるー。」とうなずかれるものの、またすぐに「帰るわ。」との言葉。何度かそんなやり取りをしながら、「よろしく」と握手を求めると「触らんといて!」と怒鳴られてしまいました。ちょっとしつこかったかな、と反省しつつ、やはり長年過ごした所の方がいいのかな、と思いました。

 あれから約半月が経ちました。ここでの生活にもずいぶん慣れてきたようで、今日も満面の笑みで「おはよう!」と自分から挨拶してくれました。他の支援員が「さっきは"おはよう"返してくれなかったのに」と笑っていました。その後も「今日は日勤?」「いつ泊まりなん?」とたくさんの質問が。そして、私が返事をするたびに、あの笑顔。初日には怒鳴られてしまいましたが、今ではすっかり私も認めてもらえたようです。これからも、どうぞよろしくお願いします。 (春紫苑)


 2007年3月 

3月22日、けやき寮ではA棟(北斗、男性棟)とE棟(白鳥、女子棟)の引越しが行われました。E棟は二階建てで女性が利用していましたが、身体機能の低下で階段の昇降等に支障が出て、平屋建てのA棟に引越しをしました。A、E2棟の引越しですが、当日はけやき寮のセルプを休業にして、利用者、支援員総出での作業となりました。

当日の天気予報は午後から雨で、9時からの予定を早めて引越し開始、A棟の荷物を外の広場に出したあと掃除。次にE棟の二階から箪笥などを降ろしA棟に搬入、その後A棟の荷物をE棟に搬入しました。みんなの頑張りで、なんとか雨が降り出す前にほとんどの荷物を運ぶことができました。

A、E棟の利用者は、移動して心機一転新しい生活の始まりです。特にE棟の利用者にとっては、コロニーにおいて二階での生活の経験が少なく、慣れるのに時間がかかると思われますが、早く新しい環境に慣れてほしいと思います。 (梔子)


 2007年2月 

 こんにちは! すぎのき寮日中支援班の"はんず"を紹介します。ところで、「"はんず"ってどこにあるの?」ってよく場所を尋ねられるんですよね。訪問される人が、迷ったり、また、くすのき寮やけやき寮と間違って、こられたり、・・・。"はんず"は、くすのき寮の管理棟の隣にありますので、お間違えなく!

 "はんず"は、すぎのき寮のC、D棟の利用者が、延べ18名、職員3名で、日中活動をおこなっています。利用者の個性に応じて、わかりやすさと安定した活動を心がけ、午前は作業、午後は歩行や作業、おやつタイムという内容で取り組んでいます。週間プログラムでは、週に2回、個別の外出やぽかぽか亭(すぎのき寮の自立訓練棟)の活用をし、生活の幅を広げています。また、日中活動の支援の一端を担って下さっているのが、ボランティアさんで、現在、2名の方が、不定期ですが、おやつ作り、行事や外出の付き添いなどのお手伝いをしてくれています。"はんず"の活動の様子やエピソードについては、また、次の機会にでも紹介したいと思います。(水仙)


 2006年11月 

 けやき寮では10月1日、河内長野市にブランチホーム(地域生活体験ホーム)を開設しました。既存の富田林市にあるブランチホームと併せて、3ヵ所目(金剛コロニー全体では12ヵ所目)となります。ブランチホームに入居された方が地域生活にむけて大きな希望を持てるようにと、ホームの名前を『大志』と名づけました。10月1日に3名でスタートしましたが、16日に1名を加えて4名となり、11月には5名となる予定です。

 当初は自分たちだけでの生活で、何をしていいのかわからないといった様子でしたが、約一月たった今ではそれぞれの生活に自信を持ち楽しくて仕方がないといった様子です。入居されている方が一様におっしゃるのは、「コロニーよりブランチの方がいい!」という言葉です。その言葉を聞くと『本当に入居してもらってよかった』という気持ち以外言い現せません。ブランチホームといっても共同生活で、しかも人間同士ですから、これから生活していく上においては、何らかの困難な事柄や問題が起こってくることでしょう。入居されている方がその困難な事象を乗り越えて、一日でも早く地域生活に移行できるよう、しっかり支援をしていきたいと思っています。 (梔子)


 2006年10月 

 「やったー、終わったー」、二週間のセルプ実習を終えて帰ってきたEちゃんが、玄関で叫びました。「おつかれさまー」、出迎えた職員に  「あんな、あんな、実習に行ってよかったわー。仕事ってどんなもんか少し分かった気がする。Eが「おはようございます」って挨拶したら、相手の人が挨拶を返してくれる・・そんなことがすごくうれしかった。」

 いつもは、無口で自分を表現することの苦手なEちゃんが、目を輝かせて矢継ぎ早に報告してくれます。充実したとてもいい顔です。夏の終わり、ちょっぴり疲れた私たちを元気にしてくれる「子供たちの言葉」、いつもまっすぐ前を見ている子供たちの姿に姿勢を正されます。 (姫沙羅)


 2006年10月 

<子どもの言葉 あ・ら・かると>

 M「なあ、Hちゃん、運動会見にくるん?」
 H「うん、行こうかな」
 M「来んといてなー」
 H「えっ?なんで?」
 M「だって、おかあさんに来て欲しいもん」
 H「そうだよねー。でもHちゃんも行きたいなー」
 M「じゃ、来ていいで。でもすぐ帰ってな」
 H「・・・・・」
   
 「おかあさん、だーいすき」 Mちゃんの心、おかあさんに届きますように。 (姫沙羅)


 2006年10月 

 すぎのき寮の「ぴあ」と言う名前のグループの1日は、朝礼から始まります。賑やかなことが嫌いと思って、朝礼に参加してもらっていなっかった方が、声かけを続けていると毎日参加するようになりました。最初は、後ろの方のベンチに座って、少し怒ったような声を上げていたこともありましたが、段々と、その日のお天気を言ってくれるようになりました。

 それから、今日の予定では、いつも「コーヒー。」と「ごはん。」であったのが、「ビリビリ。」(紙ちぎりのことである。)と作業のことも言ってくれるようになりました。最近では、最後にする、体操にも参加され、とても楽しそうな顔をしておられます。日中支援をしていて、こういったちょっとした変化や、楽しそうな顔を見るのが、何よりもうれしく感じるのです。 (白木蓮)


 

 

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